日々、、刻々と変わっている
池の中にも 太陽が、、
昨日も、今日も、、気持ちの良いお日和。
でも、昨日とは同じではないことを感じる。
土の湿り具合も全然違う。
昨日の石段のコケも、、今日は乾燥してる。
、、目には見えないけれど、、桜並木の木々も、
気温や、土の温もりや、風や、、さまざまなな変化をキャッチして、、芽を出し、ツボミをつけ、花を咲かせる準備をしている=見えないけれど確実に、変化している、、。
植物は、動物のようには言葉を交わしたりはしてないはず、、どうやってツナガッテいるのだろう?
ふと、考えてしまった。
それぞれ、常に自然界の変化を探って変化してるのだろうか?
考えると、考えるほど謎めいてきた。
昔、何かで「植物はなんでも知っている」という論文(?)のようなものを読んだことがあった。
その植物は、部屋にある植物についてだったような、、なんでも、植物を世話する人の気持ちが植物に影響しているとか、、のような内容だった。
確かに、植物をしょっちゅう枯らしてしまうと自分で言う人がいるかと思うと、、あの人の植物は、いつも元気がイイとかある。
それはナゼなんだろう、、。
水面に映る太陽と青空と白い雲
今日は池の水面に春を感じて、しばし眺めていた。
いつも遠くから見ていた池の側に座ってみた。
この水の中の木も、時期がくれば葉をつける。
池に映る太陽が眩しい。
この刈り取られた草も、春になったら青々とする。
寒さを凌ぐ、、何かの卵?
今日は、ただ、ひたすら自然と同化?
私も植物になったように、、太陽の光を全身に浴びて、、目を閉じて、体の中にも光のエネルギーがいっぱいに満ちますようにと祈った。
全身を太陽の光に包まれて、、
私も 変わらなくちゃ! 前へ。